わたしと店のはなし 第17回 御室の小さな和菓子屋[御室和菓子 いと達]


「今思えば、無謀だったと思います」。そう言って笑う店主の伊藤達也さんは、愛知県豊田市の出身。和菓子職人に憧れて高校卒業と同時に京都に移り住み、身一つで和菓子の世界に飛び込んだ。

「製菓学校に通ったわけでもなく、求人票も出ていないお店に直談判で入れてもらいました」。十数年かけて、3つの和菓子屋で修行を重ねた。特に丸10年勤めた「笹屋伊織」では、職人としての技術だけでなく、原価計算や販路探しなど、企画全体を見渡すことを学んだという。

「自分のお店を持つという意識が大きく変化した、節目になりました」。2019年10月末、念願だった和菓子店を妙心寺の近くにオープン。何より地元で愛されたいとの思いから、屋号には「御室和菓子」とつけた。一方で、いかに若い世代に知ってもらうかを考え、店の営業とともに力を入れたのがWEBやSNSの更新だった。「今の時代、“知らない ”はないのと一緒になってしまいますから」。広報は、妻の万理さんが担当した。

「御室和菓子 いと達」の名前が全国に知れ渡ったのが、2021年10月22日、総本山仁和寺で行われた竜王戦七番勝負第二局だった。「いと達のくま最中」と「あんと塩きなこ」が藤井三冠(当時)のおやつに選ばれたのだ。この対局で、藤井三冠が豊島竜王(当時)に見事勝利。即、店の周りには行列が出来、見た目にもかわいらしい「くま最中」は、勝利菓子として大人気になった。ただそれでも、伊藤さんの心の支えになったのは、いつも買いに来てくれる地元のお客さんだったという。「独立して3年も経たないうちに、『一見さんお断り』の精神が身に沁みてわかったというか。御室の和菓子屋として、まずは自分の身の丈に合わせた商売をしていきたいです。何より、小さく、堅く、が好きなので」。伊藤さんの商いのお手本は、いつも京都のまちにある。

一気に全国区の人気者になった「いと達のくま最中」


一気に全国区の人気者になった「いと達のくま最中」(350円)。中には黒糖と一休寺納豆で風味づけをしたこしあんが詰まっている。蝶ネクタイ部分には「すり蜜」という和菓子の技法を施し、古典的な京菓子の美意識を込めた逸品。達也さんの蝶ネクタイ姿は「くま最中」にちなんだもの。

「くま最中」は、注文が入ってからあんが詰められ、その様子は店内の窓から見ることができる。

静かな住宅街にある「御室和菓子 いと達」の外観。純和風の外観とは違った北欧風の店内デザインは、万理さんが中心になって進めたそう。鮮やかなターコイズブルーの壁が印象的。